2021.06.10 - 2021.06.26
濱大二郎
「MUTANT」とは突然変異体を意味します。2020年からの新型コロナウィルス感染症の流行は、世界に大きな衝撃を与え、それによって多くの人々の生活や考え方も一変しました。移動が制限され、直接的な交流が極端に少なくなることで、濱は自問自答が増え、徐々に自分への問いかけが緊迫したものとなり、やがてその答えや選択が明晰になり、そして意思の強いものになったと言っています。それはアーティストである彼にとって、自分の中から生まれてきた作品と自身との純粋なコミュニケーションの時間でもありました。また、作品を介して他者とコミュニケーションをとることは、人の心情や思考の深く、敏感な部分と接することができるということの再確認にも繋がったのです。
2018年からオランダに移住していた濱は、「自身の表現に何かが足りない」「足りないものは何なのか」「それは本当に必要なものなのか」という葛藤の時期でもあり、今までのモノクロームの表現に対して新たに色彩を加えることで何か変化が生まれる可能性を感じ始めていました。そして、本展では彼の白黒の世界に色彩が現れ、その中に突然変異体“PUMAN”が表出します。本展をキュレーションするにあたって私は、遠く離れたオランダにいる彼の”変化”を作品を通して発見することで、日本にいる私達の思考や視点の”変化”も見つめ直すことができると考えています。そこには各々の”変異”が生まれていることでしょう。
濱は、長年、絵日記のようにドローイングを描き続けています。それは純粋に発するエネルギーであり、彼の日常の心理を具現化したもので、それらを集約しペインティングを生み出しています。本展の作品中に登場する PUMAN は、世界の混乱の中、思考し創作を続ける彼の内面から実体化されたものです。PUMANの表情や動きは、無垢で空白だと彼は話しています。ゆえに相対した時に、彼にとっても鑑賞者にとっても、鏡を見ているかのように観る側の心境によって表情が変化するでしょう。それはポジティブな感情だけではなく、時にネガティブな感情とも呼応します。PUMANは、彼の自画像であり、鑑賞者の肖像でもあり、誰もが持っている人間の純粋な部分を映し出してくれる「存在」なのです。
また、彼の代表的な作品シリーズの KŪKAN や HARMONY は、空気や水の流れのようでありながら、微細な生物たちのようにも見えます。これらは、集合または離散し、俯瞰で観た広大な世界を形成しているようにも見えます。一つ一つの粒がPUMANや私達人間または他の生命体なのかもしれません。もしくは、顕微鏡から覗いた世界のように拡大した一部分であり、生命を構成しているのは、実はこの細かい粒なのかもしれません。これらのシリーズもまた、観る者のその時の心情や思考によって変化することでしょう。
ホワイトキューブの奥の床の間のある部屋(本展覧会にあたって濱自身は【奥の院】と呼んでいる) は、緊張感漂う静謐な場所になっています。ここでは、彼の初の試みでもある立体作品のKŪKANも発表します。所々の面に白線が描かれた黒い立方体が捻れながら連なる様は、鑑賞者を惑わせます。しかし、その姿は揺れ動きながらも、物理的にも精神的にも絶妙な調和がとられていることに気づくでしょう。奥の院にある作品と対峙した時、自身の奥底にある誠実な感情や思考を見つめ直すことができるはずです。そして、またホワイトキューブに戻り、再度PUMANたちと向き合った時、彼の描く世界の繋がりの中に見た”変化”を再確認できるでしょう。
時代や環境が変化するにつれて、その中で生きる私達も変化し続けています。本展覧会を通して、各々が自分自身の中の「MUTANT」を体感してほしいと考えています。そして、その”変異”を共有することで、新たな視点や価値観のコミュニケーションが生まれることを楽しみにしています。
展覧会キュレーション : 渡邊 賢太郎